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さくらの咲く頃に 3

                          §
 

 火曜日の午後5時。
「ただいまー」
 欝陶しいくらい長い学校の7時間の授業から解放されてようやく家に帰れた。中学のときは6時間だけで楽だったのに。ついこないだまで中学生だったのが信じられない。
 中学のときは徒歩だったのに、高校になってからは学校までかなり遠いので自転車になった。夏とか暑くて大変そうだなー、なんて思う。まだ先の話なのでそれほど実感はないが。
 家は大きくも小さくもない4LDK一軒家。5年前に新築したばかりの比較的新しい建物だ。しかし、駅やバス停までは少し遠いのが欠点。そのおかげか土地代は安かったらしいが。不便なところだが、5年前まで住んでいたアパートに比べるとだいぶいい。新しいし、広いし、なによりもマイホームだ。車が通るとがたがた揺れるアパートなんかじゃない。
 家族構成は父と母と俺と姉。5年前まで母方のお母さんもいたが、塾の近くの病院の老人施設に住んでいる。父は薬剤師で大手メーカーの社員。母は専業主婦。出会って付き合いだしたのは大学らしいが、運よく父と母は一緒の会社で働いていたと聞いたことがある。
 姉は俺の3つ上の大学1年生。頭はよく、俺より出来るが公立の医大は落ちて私立の医大に通っている。よく学費が凄いことになってると聞く。
 そして、高校1年生の俺。
 早くバイオリンを弾きたい欲求にかられ、急いで玄関で靴を脱いでいると、見知らぬ靴が女ものの靴が1足あるのに気がついた。母のでも姉のものでもなさそう。父や俺のものでは当然ない。誰のだろう。
 不思議に思いながら玄関を抜け、リビングに入ろうとすると声が聞こえた。一人は母の声、もう一人は……。もちろん聞き覚えのある声だった。
 足速にリビングに入る。
「紅葉先生っ!」
 そこにいたのは結菜のバイオリンの紅葉先生だった。長い髪を後ろに束ねて、眼鏡をかけている理知的な女の人。でも癖毛なのかアホ毛が立っている。
 聞いたところによると母の高校時代からの親友らしい。結構仲もよかったと聞いている。
 とすると歳は母と同じくらいになる。これ以上歳について考えると何かが飛んできそうな気がして思考を停止させた。紅葉先生は勘が鋭いのだ。
「よっ! 音楽バカ……、じゃなかった結菜ちゃん。今何か変なこと考えてなかった?」
「ちゃん、じゃないです。そんなことないです。あはは」即座に否定。
 思わず笑ってしまった。紅葉先生も、あははと笑う。その直後に鋭い目つきで睨まれた。やっぱり笑ったのが不味かったのだろうか。
 紅葉先生はこっちに来るように手招きした。首を傾げながら近くに行くと、
「あんたって子は。何考えてたのか言いなさい!」
 こめかみを両手のこぶしでぐりぐりとやった。何となくやられるのは分かっていたが、まさかホントにやられるとは思わず、油断していた。断じて俺はマゾではないので、「いたいいいいい」と叫んで解放されようと逃げようとしたが、紅葉先生の両手が許さない。どんだけ力が強いんだ。
 先生から暴力を受けるというのはだいぶ問題だが、見慣れた光景なせいか母さんも何も言わず苦笑している。苦笑せずに助けてよ、というのが感想。
 痛くて叫ぶ以外に行動が取れないのに、紅葉先生はまだ、「何を考えてたのかいいなさーい!」と言ってぐりぐりしてくる。
 俺は必死に痛い以外の言葉を紡ごうと、「ギブギブ。分かった、分かった!」と言うとやっと解放された。なんてことしやがる、この暴力女。死んだらどうするんだ。
「あっ! また変なこと考えたでしょ」また当ててきた。
「いえ、断じて違います」だから嘘を言った。
 紅葉先生は口をヘの字に結んで、あたかも、ムーッという言葉が出てきそうだった。ぱっと見では美人に類する人だとは思うが、ここまで暴力愛好家だと結婚するのに苦労したんだろう。美人は美人だが、性格に問題がある。子供は絶対に母親のせいでひかえめになってるか、逆に超絶反抗期になるのだろう。
 そういえばそうだ。俺の初恋はこの人だった。6歳頃だろうか。その時からバイオリンをこの人から習い始めて、最初は姉に出来ないことを、と思って練習していたが、次第にこの人にもっと褒めてほしい、ということを目標にバイオリンを練習するようになった。
 歳を取るにつれ、その気持ちは強くなっていったが、紅葉先生よりもバイオリンが出来るようになってしまったとき、霧散してしまった。あの時の燃えるような気持ちは何だったんだろう、とよく考える。
 告白しないでよかったと思う。告白してたらこんな関係では無くなってただろう。しかも告白してて、100パーセント、絶対に、金輪際ないがもしオッケーだったらこんな暴力女と付き合うことになる。
 きっと好きじゃなくなったのは紅葉先生が歳を取って老けたからだ。そうに違いない。
「秋ちゃーん、結菜ちゃんがちょっと反抗的だよー。教育に問題あるんじゃなーい?」
「だからちゃんじゃ――」「あんたうるさい」「はい」
 秋ちゃん――結菜の母、日高秋菜は、そう言われテレビを見ながらポテチを食べていた手を休めて、「そうねー、ちょっと生意気ね。教育に問題ありそうだわ。後でお父さんをとっちめてあげないと」と頷いた。
 自分のことは棚に上げて、父さんをとっちめるのか。いやいや、教育に問題あると言われたらとりあえず怒るところではないか? なに頷いてるの。
 おおらかな母さんが、怒るというところを見たことがないが、今みたいに平気な顔で普通に悪口を言う。きっと母さんの知り合いは俺も姉も父さんも含めて悪口の対象だろう。母さんからの悪口は多分みんな慣れているので、いちいち反抗するのが面倒で何も言わないのが暗黙の了解となっている。
「そうそう、結菜ちゃん。日本でやる未成年者だけの国際ジュニアバイオリン大会に出れるのだってね。おめでとう。先生も鼻が高いわー。これ出場記念品。有り難く受け取ってね」
 紅葉先生が鞄から取り出して渡してきたのはコンビニにでも売ってそうなチューインガム。柄は緑色の背景にメロンの絵が描いてあって、予想通りメロン味と書いてあった。
 しかも、封は開けられていて銀紙が覗いて見える。思わず引き取ってしまったが、なんの冗談だろう。
「……。じゃなかった。こっちこっち」
 そう言って紅葉先生が再び差し出したのは机に置いてあった細長い立派な包装のされた箱。ツッコまずにはいられなかった。
「どうやったら間違えるんですか!」
「ごめんごめん。間違えた」
「嘘だ、絶対嘘だ」
 どうやったら箱と食べかけのチューインガムと間違えるんだろう。ありえない。断じてありえない。
 俺は箱とチューインガムを見比べてどうやったら間違えるのかを考えた。形? 大きさ? 重さ?
 どう考えてもありえない。形は確かに二つとも直方体で細長いのは似てる。しかし、箱の大きさはチューインガムの10倍以上はあるし、重さはもう全く違う。
 以上証明終了。結論、絶対にありえない。
「ありえな――」「じゃあ秋ちゃん、私、娘の見舞い行ってくるわ」
 俺がありえないと言おうとした瞬間に紅葉先生は逃げるように早口に言い放ち、足早に玄関を抜け、扉を開けて出ていった。まるで俺が言うのを待っていたかのようなタイミングだった。
 あの人ならやりかねない。間違いなくあのタイミングは狙っていた。全くひどい人だ。おちょくるまでおちょくって最後は逃げるのか。
 なんであんな性格悪い女の人を好きになってしまったりしたんだろう。恋なんて一時の気の迷いだ、ってよく言うけど全くその通りだと思う。そうでもなければあんなサド、暴力女を好きになることはなかった。
 そういえば娘いたんだ。あまり話は聞かないので今の今まで忘れていた。何歳くらいなんだろう。中学生かな、高校生かな。少しばかり下心を働かせてしまう自分がいる。そんな自分にため息をついて、ホントしょうもないと思う。
 自分のしょうもなさは自分が1番よく分かってる。
 小学生のときに虐められていたがいた。勉強ができる大人ぶった子とか運動が苦手とかそういうのではなく、確か性格がちょっと地味だっただけだと思う。
 その子とは虐められる前、小学2年生のときはクラスが同じだったせいか比較的仲がよかった。よく家に遊びに行ったし、うちにも遊びにきた。俺は得意のバイオリンを披露したり、当時流行っていたカードゲームに二人して熱中していて、それでよく時間も忘れて遊んでいた。
 でも3年生、4年生、5年生は不運にもクラスが違い、他のクラスメートと遊ぶようになって遊ぶ機会が無くなった。俺はその時他のクラスメートと遊んでいたのでその子のことは完全に忘れてしまっていた。だからその子がどう思っていたのか知るよしもなかった。
 そして6年生でまた同じクラスになった。もちろん3年という月日は長いもので、お互いだいぶ変わってしまった。俺はがき大将みたいな身分だったし、その子はその時すでに虐められる対象になっていた。
 3年間で何があったのかは分からない。ただそうなっていたという事実だけがそこにある。
 その子にとってみたら俺と同じクラスになったのは嬉しかったに違いない。がき大将の俺の側にいれば虐められなくなる、と思っただろう。
 俺はその子を助けてやりたかった。この気持ちは本当だ。でも俺にはがき大将という身分があり、下っ端の意見を聞かずにはいられなかった。つまり下っ端は、もっとやっちゃって下さいよと散々言ってくるのだ。もっと虐めてやれ、と。
 俺は悩んだ。幼かった頭で必死に考えた。そして、答えを出した。
 ある日その子が親しく話かけてきたときに俺は、キモいから近寄るなと言ってしまった。好きでいったわけではない。口走った時はもちろんとても後悔した。
 でも言ってしまったことを取り消すことは出来ず、その子は泣きそうな顔になった。その時のその子の顔はいまだに覚えている。
 忘れるものか。覚えていることがその子への謝罪の気持ちなのだ。その時俺はとてつもなくしょうもなかった。最低だった。
 それを期にいじめはさらに加速した。俺のせいだ。がき大将だった俺のせいだ。みんなを煽ることを言った俺のせいだ。
 その後はその子はいじめを原因に転校していった。もう一度会えるものなら謝りたい。謝って謝りたい倒したい。土下座でもする。それくらい俺の中では罪の意識がある。
 俺は思わずそのことを思い出してしまって、自己嫌悪でのたまりたくなった。当然だ。自分は酷いことをしてそのことを反省してるのだから。
「あれ? これなんだろう」
「ん?」
 母さんが取り出したのは1枚の紙だった。箱についていたらしい。忘れ物かな? よく見なくてもわかるが、昨日茅場さんから貰った名刺とサイズが似ていた。
 そういえば昨日のことは親に言ってない。言えば驚くだろうがなんとなく説明がめんどくさかった。っていうか茅場さんのことを母さんは知ってるのだろうか。
「ん? 名刺?」
 やはり予感は的中し、それは名刺だった。
 『新篠町音楽スクール、春川紅葉』という文字がパソコンのゴシップ体の細い字で書いてあった。細い字というのであの先生を思い浮かんだ。いかにももみじ先生らしい。
 紅葉先生と呼ぶ度に思うのだが、紅葉なんてありふれて名前だけど、とても綺麗な名前だ。
 紅葉には、「もみじ」とか「こうよう」とか「あかば」とか知ってる限りで3つ読み方があるが、俺は「もみじ」が1番しっくりくる好きな呼び方だ。「こうよう」は角ばってる感じがしするし、「あかば」はなんだか苗字みたいな感じがする。だからやっぱり『紅葉』と書いたら「もみじ」と読んでしまう。
 それにしても先生の苗字は春川っていうのか。失礼ながらいつも下の名前で呼ぶのでれ忘れていた。
 今度春川紅葉ちゃんって呼んでみようか。なんて顔するだろう。怒って殴られるだろうか。でも一回くらい呼んでみてどんなリアクションするのか見てみたい。決してマゾというわけじゃないが。
 それはそうと俺はまだあの紅葉先生のことを気にしてるみたいだ。もう完全に抜けたと思っていたが、あの先生をどこか焦がれているようだ。暴力女だし、口悪いし、理不尽だ。欠点を言えば限りがないが、それでも、だ。
 まだ焦がれているのは俺が女の子に出会うことがないからなのかもしれない。学校も男子校だし、同世代の人と比べると圧倒的に女の子との出会いは少ない。会うのなんて塾で知り合った子くらいだし。
 いや、まてよ。
 そういえば昨日塾の生徒以外の女の子と出会った。車から轢かれそうなのを助けた子だ。全身までよく見てなかったというか見る暇がなかったというか、つまりは見てなかったんだけど線の細い子だった。あほ毛が立っていたが、白いワンピースを着ていてどこか非日常的なものを感じた。車から轢かれそうなのを助けること自体非日常なのだが。
 あの子はどうしてるだろう。俺みたいに学校から帰ってきているところなのかな。それとももう帰って来ていて家でのんびりしているのかな。少しだけ気になる。
 でもとりあえずこの箱、どうしようか。紅葉先生から渡された箱。自室の押し入れに入れてもいいのだが、なんだかそのまま忘れそうな気がする。貰って早々開けてしまうか。
 綺麗に包装された包みをびりびりと破り、包装を全部取って、箱を開けるとそこにはバイオリンの為の必需品が入っていた。これがないとバイオリンは綺麗な音を奏でることはできないし、使うことすらできない。
 弓だった。
 弓はもちろん予備も何本か持ってる。練習してる最中に弦が切れたら練習が出来ないからだ。弦は使ってくると当たり前だが痛んできて、今までにも練習中に切れたこともある。その時は予備の弓を使っている。
 今更貰ってもなぁ、と思い弓を手に取ってみると、ひらひらっと一枚の紙が落ちた。メモ用紙みたいだった。それほど大きくない。
 床に落ちたのを拾って見てみると先生らしい丸っこい字で、「この弓には私の可愛いまな弟子が国際コンクールでいい成績を残せるように、と念をいれました。プレッシャーもかかるかもしれないけど頑張って! 応援してます」と書かれていた。
 短い文字だったのですぐに読めた。口で言えばいいのに文字で伝えるなんて。あの性格からすると言いづらかったのかもしれない。
 でも言葉じゃなくて文字にして、永遠に残るものに気持ちを込めたことで、プレッシャーに負けてしまいそうな俺を心配しているところがよく分かった。思わず一筋の涙が零れ落ちた。
 俺は涙脆いほうではないのに涙が出て来るなんて不思議だった。よく恋愛小説が映画化されたとかいって見に行って泣いた、と騒ぐ女子がいるけど、俺には信じられない。たかが映画ごときで泣いてしまうなんて。しかし今は映画ごときで泣いてしまう人の気持ちが分かった。
 紅葉先生の不器用さが浮き出たこのメモ用紙は一生の宝にしよう、と決めた。色あせてしまっても、大人になっても、ずっと見られるように捨てずに机にしまっておこう。
 そして紅葉先生の気持ちを胸にこの弦で国際コンクールを頑張ろう。優勝は出来なくても紅葉先生の期待には添えるように頑張ろう。
「あの結菜ちゃん、悪いけどおばあちゃんのお見舞い行ってきてー。私専業主婦だから忙しくて」
「ちゃん、じゃない」癖で即座に否定する。
 せっかくの初々しい気持ちが台なしになった。人が感傷に更けてるのにお見舞いとはタイミングが悪い。
 しかも専業主婦だから忙しい? 寝転がってテレビ見ながらポテチ食べてることが多くて、今現在進行形でそれを実行中のこの母さんが? 忙しい訳は絶対ない。
 おばあちゃんというのは、結菜のお母さんの秋菜のほうのお母さんだ。痴呆症が進み、忙しい家族(母さん談)では面倒が見切れず、結菜の通っている塾の近くにある病院に5年前から入院している。時々、家族がお見舞いに行くのだが、祖母は俺達の家族に関する時間が5年前くらいで止まっている。だから5年前とは大きく異なる俺や姉貴を祖母は他人だと思ってしまい、なかなか慣れてくれない。母さんや父さんなら5年前と比べても容姿はほとんど変わっていないのでまだ理解できるらしい。
 もちろん行けって言われて勉強もやることなく、バイオリンも練習するのに疲れて暇だったら行くが、ポテチを寝そべって食ってるやつに忙しいから行けっと言われて、はい行きます、とは言えない。お前が行け、と言いたくなる。
「母さん行ってきたら? どうせポテチ食ってるだけで暇でしょ。俺、大会近いからバイオリン練習したいし」
 お前という言葉は使わず丁寧な口調で言った。母さんにお前なんて言ってしまうと後が怖い。影でぼろくそに言われそうだ。表で文句を言われてもそりゃあ凹まないこともないが、裏でグチグチ言われてたのを知ったときはかなり凹む。
 性格の悪さでは紅葉先生に負けずと劣らず。父さんは何処に惹かれたんだろうとよく思う。母さんと父さんは結婚後20年程は経つのに今だに新婚の夫婦みたいに仲がいい。きっと父さんは影で悪口を言う以外の性格に惹かれたのだろう。
 母さんはテレビを見ながらポテチを摘んでいた手を止めてこちらを振り向いた。ちょっと嫌そうな顔をしてる。
「あんなボケボケ老人の世話して何が楽しいのよ。あんたが行ってきなさいよ」
 そんな理不尽なことはないだろう。
 自分が嫌だという理由だけで俺を行かせようとしている。いつものことだからもう嫌だと思うのは慣れた。しかも母さんは自分の母親をボケボケ老人呼ばわりして、自分の母親を目の敵にでもするような口調で言い放った。
 改めて母さんの性格の悪さを再認識した。
「バイオリン練習しないとい――」「やらなくたって死ぬわけじゃないしいいでしょ。まだ若いんだから大会で入賞できなくても次があるわよ。だから行ってきなさい」
 それが親の言うことだろうか。確かに最優秀賞にに輝かなくても、それ以前に入賞さえしなくても死ぬことはないが、出る以上は最優秀賞を取りたいと思うのが人間の性だろう。俺も出るからにはもちろん最優秀賞を狙ってるし、落ちるなんてことは考えてない。
 もうこの母親の悪口を言う癖には慣れっこだからいいのだが、もうちょっと言い方というものがあるだろう。せめて頑張ってくらいのことは言ってほしかった。
 昔、この母親の口調に慣れるまでは口調の悪さに、純粋だった俺の心を踏みにじられたので、母さんが嫌いだった。母さんは昔から口は悪く、思ったことはばんばん言うし、他人の都合なんてどっかに置いてきてしまう。
 でもさすがに16年も一緒に暮らしていると慣れてしまう。母親には口では勝てないことも分かってしまう。当たり前だが、それくらい16年は長いのだ。
「電車賃くらいくれるよね?」
 仕方なしに俺の方が折れて、めんどくさいが行くことにした。何よりも面倒なのは駅まで遠いと言うのは伊達ではなく、自転車で20分かかる。往復で40分。なんだかんだで1時間半。1時間半もバイオリンの最終調整が出来たらちょっとは違う……多分。
 もうちょっと駅まで近ければな、とよく思う。塾に行くときやお見舞いに病院まで行くときはいつも駅を利用してる。
 母さんは俺の言葉で、指で持っていたポテチが、バリッと音を立てて崩れて机の上に落ちた。ついでに口の中でポテチを噛んでいた歯がガチッと盛大に音を立てる。
「はぁ!? あげる訳無いじゃん。貴重な私のお金をそんなことのためにあげるなんて。うー考えれない。自腹よ、自腹」
「……はい」
 母さんが自腹と言った限り、母さんに口で勝たない限りお金はくれない。でも口で勝ったことはもちろんない。普段から口が達者な人に、達者でも何でもない俺がどう勝てって言うのだろう。きっと後にも先にもありえない。
 全く頑固者だ。マンガで出て来る頑固ジジイでも、もうちょっと優しい。少なくともポケットからいろいろなものを取り出す猫型ロボットが出て来る国民的人気アニメの公園裏のカミナリジジイでも母さんほど頑固ではない。母さんにそれを言ったら口で殺されそうだ。
「これ持ってってね」
 そう言って渡されたのはおばあちゃんの病屋に置くための花。俺がやれというのか。
「あっ! 後これも。こっちは重大」
 取り出したのはチケットだった。家から車で30分の比較的近くにある国際文化センターでやるバイオリンの国際コンクールの入場チケット。
 国際コンクールの場合、外国人の人のため空港の近くでやることが多く、結菜の住む街は空港に近いので、たまたま今回は結菜の住む街にある国際文化センターでやることになった、らしい。
 渡されたのは出場する人の家族に2枚配られるうちの1枚。もう1枚は母親が持っている。なんだかんだ言って母親も気になるらしい。その片割れを渡された。
 つまり……。
 おばあちゃんを誘えということなのだろうか。コンクールに来ても、すぐコンクールがあったことすら忘れてしまいそうな気がする。それなら、友達でも誘いたいが、仲がそれなりにいい友達はたくさんいるが……特に、という友達はいない。
 地味で群れることを好かない人はたいていこの人っていう友達がいるので、地味な人はそこのところが自分にはなくていいと思う。一回陰キャラな人と交代してみたいとはよく思う。きっと今とは世界が変わって見えるだろう。
 例えば人との付き合い方。俺は今はたくさんの人と群れて話すが、地味な人は群れずに1人の仲がいい人と話す。そうすると一対多と一対一ではもちろん話し方が違ってくる。
 一対多では全員の意見を聞いて、その意見で話を進めるが、一対一では2人でどんどん話を進めれる。一対多みたいになかなか話が進まないということはない。そのぶん相手に気を使わなければいけないが。
「……じゃあ行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃいー。」
 俺は渋々往復の電車賃を準備して、駅へ向かうため家を出た。チケットと花は忘れずにちゃんと持った。母さんは語尾の最後におんぷでもつきそうな機嫌の良さだった。少し腹がたった。
 そう、この時俺は母さんに命令されて病院に行かなければならないことに腹をたてていた。
 でもこの時病院に行ってよかった。これは多分運命だったんだと思う。
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プロフィール

白石歌香

Author:白石歌香
こんにちわ 大学1年生の 
白石歌香 っていいます。
もちろん半値です。中身は男ですー。

半値の由来は誕生石と自分の名前です。

杏エヴァン1位目指して奮闘中。

めいぽでは 現在ヨゼリア っていうキャラ使ってます。
でも未だにヨゼリアって名前に慣れないっていう。
呼ぶときはリカイナ、でお願いします。

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